• Kayo

「自立する」ということ


自立ってすごく難しいとずっと思っていました。

本当に、本当に、心から「自立しなきゃ」

私が心底そう思ったのが20年ほど前。

ですが、未だに完全に自立できていない自分によく気づきます。

ちなみに、

今私が触れている「自立」というのは、

経済的自立ではなく、精神的自立です。


もちろん、経済的自立はとても重要。

それは百も承知。

自分の稼いだお金で自分の生活を営んで、

年金を払ったり(国民の義務)国保とか社保といった保険料を払ったり(これも大事。義務なのか?)、

住民税や所得税など(これまた国民の義務ってやつ)

「社会人」としての責任を果たせていることは、肉体を持って日本国民として生きている以上とても大事。


でも、私には「精神的自立」こそがとてつもなく大変なことで、

社会での在り方よりももっともっと重要なことだという気がしていました。


どうしてみんなが簡単にてできていることが自分にはできないのだろう。と、

周りと自分を比べて落ち込んだ日もありました。

それが事実ではないということは、今ならわかりますが、、、

とにかく、

「精神的自立だ!それができてなきゃ何にもならん!」と、

鼻息荒く、自分と向き合ってここまできてみましたが、

ふと、

「精神的自立ってこういうことなんだな。」と、

知ってて当然なはずなのに、今まで考えたこともなかった言葉が脳裏に浮かびました。

私はただただ、

「すべての依存」から脱却しなくてはいけないと思っていました。

それは、チョコレートだったり、スイーツだったり、

買い物だったり、恋愛だったり、

タバコだった時期もあったな。

そんな「依存」してしまいがちなもの全てから自由になりたかった。

「依存」するものががなくなった今、

とても自由で生きるのが楽です。

何かに執着していないという状態がこんなに楽だということは、

その「楽さ」を経験した今だからわかることで、

それを手放すまでは苦しいだけでしかない。

なぜかここで「依存」という方にシフトしてしまいましたが、、、

自立と依存は切っても切り離せない関係だからまぁよしとしよう。

精神的自立は執着的な依存がない状態ともいえると思っていたから仕方ない。

それはさておき、、、

精神的自立とは、

自分で自分の感情に責任が取れる。

自分で自分の人生に責任が取れる。

自分で選択できる。

そして、

自由である。

こんな感じかな、と、今日改めて思った訳です。

これは「私的には」な考えで、

これが正しいということではないと思いますが、

私の目指す「精神的自立」はこれらができている状態です。

私自身が「依存状態」になく、

かつ、すべてのことから自由に生きれていることが一番大事。

なにげに日々頑張っています。

頑張るって言葉は好きじゃないし、

そんなことはやめたいと思うけど、

でも、

私は「頑張る」たちだからいつも絶対がんばってしまう。

そもそも、

精神的に「自立する」って、頑張らないとできないもの。

痛みなくしてなし得ないって思う。

(これは自分の経験上)

とはいえ、、、


60点で心から満足できる自分になりたいものだ。


やっぱり、がんばらない自分になりたいわー。


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