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  • Kayo

「自立する」ということ

更新日:4月24日


自立ってすごく難しいとずっと思っていました。

本当に、本当に、心から「自立しなきゃ」

私が心底そう思ったのが20年ほど前。

ですが、未だに完全に自立できているのか疑問に思う時があります。

ちなみに、

今私が触れている「自立」というのは、

経済的自立ではなく、精神的自立です。


もちろん、経済的自立はとても重要。

それは百も承知。


自分の稼いだお金で自分の生活を営んで、

年金を払ったり(国民の義務)

国保とか社保といった保険料を払ったり(これも大事。義務なのか?)、

住民税や所得税など(これまた国民の義務ってやつ)

「社会人」としての責任を果たせていることは、肉体を持って日本国民として生きている以上とても大事。


でも、私には「精神的自立」こそがとても重要で

社会での在り方よりももっともっと重要なことだという気がしていました。


周りを見れば、皆自立できているように感じ、

どうしてみんなが簡単にできていることが自分にはできないのだろう。と、

周りと自分を比べて落ち込んだ日もありました。

「精神的自立だ!それができてなきゃ何にもならん!」と、

鼻息荒く、こだわってきた「自立」ですが、

ふと今日、

「精神的自立ってこういうことなんだな。」と、

知ってて当然なはずなのに、

今まで考えたこともなかった言葉が浮かびました。


それは、「自由である」ということ。

以前、私が思う自立は、

ただただ、

「すべての依存から脱却」している状態であるべきでした。


それは、チョコレートだったり、スイーツだったり、

買い物だったり、恋愛だったり、

人によってなにかは違うのだろうけど、

そんな「依存」対象全てが手放せている状態。

そう思っていました。


なにか(依存する対象物)がないと、自分が保てない。

そんな状態ってけっこうきつい。

何かに執着していないという状態が楽だということは、

その「楽さ」を経験した今だからわかることで、

それを手放すまでは苦しいだけでしかない。



自立と依存は切っても切り離せない関係なわけで、


精神的自立は依存が全くない状態でないと!と思ってしまっていました。

でも、自立って、そんなガッチガチな感じなものではなく、

ただ自由であることがとても重要なのでは、、、と、

ふと思ったのです。



今まで思っていた自立の要素、


自分で自分の感情に責任が取れる。

自分で自分の人生に責任が取れる。

自分で選択できる。


これは依存がないからできることだと思っていました。


でも、そんなに固く考える必要なくて、

ただ、

「自由である。」というだけで、

これらのことはできてくるのだと気づきました。

これは「私的には」な考えで、

これが正しいということではないと思いますが、

私自身が「依存状態」になく、

かつ、すべてのことから自由に生きれていることが一番大事。

そう思いました。


目指すは「自由」!


さらには、、、

60点で心から満足できる自分になりたい。


そして、

「自立?こんなもんでいいんじゃない?」

と、完璧でない自分を笑って許せるようになりたいものです。


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